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ハナペペプロフィール HANAPEPEファンからの声】 ハナペペ物語 【ハナペペ情報】
  ショップニュース (保存版です)


(2011/5/13 )  (注)好きな方向け!
*1982年当時の、
ハナペペ白Tシャツと
オーナーの恥ずかしい裸のボディ写真追加有り

*このショップニュース は↓記に掲載してある30年ぶりに出会ったオーナーの作品の写真をキッカケに、現在のハナペペ&海遊人のルーツとなった日本ジュエリーアカデミー時代から、オーナープロフィールでは小さな写真しか掲載していなかった現在までの経緯をより詳しく紹介し、当時からの長年のお客様や新しいファンの方達に、楽しみながら当ショップの歴史を知って頂く事を目的として始めました。
  そのために↓記の内容を保存版としての役割を持たせますので、新たな当時の資料や思い出した新たな内容を書き込んで、より中身を充実させるために内容の更新を行います。



1976年製作。初めて受けた注文品です。
06年8月、当ショップに急いでいる様子の一人の女性が「表に下げてある和柄アロハは他にありますか?」と突然顔を出しました。その顔を見たとたん、代々木の日本ジュエリーアカデミーで一緒のクラスだったTさんを思い出し、確信を持ちながら、「もしかして、お客さんは北海道出身ではないですか?」と訪ねました。
 
 お客さんは私の顔を見ながらしばらくして私の事を思い出し、何と30年ぶりの再会劇となりました。
 急いでいる様子のTさんとは、数分間のおしゃべりでした。クラスでは私の向かいの席にいたのと、いつも笑みを絶やさない方なので良く顔を覚えていました。しかし、30年前とほとんど変わらない容姿には驚き!
 特にTさんはオーナープロフィールに写真を02年に掲載してありましたが、当時独学で学んでいた革細工で作った私の最初の作品であるクラッチバッグを見たTさんが、「私のバッグも作って」とオーダーをもらった、私にとって代金を頂いた最初の記念すべきお客さんだったのです。
 そのバッグの話をすると、何と30年経った今でもそのバッグを持っているとの事。後日そのバッグの写真をメールで送ってくれるとの事で、当ショップのアロハを購入目的で来店されたTさんと、30年ぶりの数分の出会いを終えました。
 そして、30年ぶりに目にする←記のバッグの写真を8月21日、メールと共に送ってくれました。
 
2006年8月21日 
 先日は、その突然な出現に もう ビックリ!!
いま、早速 ハナペペ&海遊人のホームページを観ていますが、ワァ−オ いろいろな情報満載 このまま読み進むとハマってしまいそうよ。特に【hanapepe&海遊人物語】には、小娘になった(無理ね)気分でその世界に 笑ったり、泣いたり 応援したりと愉しく遊べそう。。
 あら、さすがね アクセサリー !! 
 日本ジュエリーアカデミーでも光っていたその才能。【勝手に沖縄移住情報】ヘェー目からウロコのお話がいっぱい詰まっていそう。
初子さんのハワイツアー編?速く読みたいなぁ。うだ ステッカー欲しかったわよ。クーポン持ってたのに<`〜´>
 
【海遊人】その、とらわれの無い生き方が一部のファンの方だけではなく、公人としてより多くの人に影響して行くといいですね。
 では、約束のバッグの写真を送りますね。  Tより

オーナーから、(このショップニュース用に改めて書きました)
 バッグの写真をありがとう!
 30年ぶりに当時のバッグに出会えるなんて。見た瞬間、総毛立ちましたよ。あの頃にタイムスリップ!本当に30年間良く持っていてくれましたね。
 このBAG製作の後、会社の上司たちからもオーダーをもらい「君ならすぐプロになれる」
とお褒めの言葉をもらいました。
 上記の写真のバッグは、最初に注文を頂き、収入を得た、私の初の商品なのです。
 
 写真のBAGには定番の唐草模様を掘り込むのはあまり好きではなかったので、フタのみに堀り、バッグの前面には木々の間の天使の像や天使の像の前で肩を寄せ合う幸せそうなカップルを掘り込んで見た作品です。

 その半年後1977年、21歳でオープンさせた竹富島店 YAN趣味人を経て1978年に沖縄県那覇市沖映通り店後、1979年に始めた、革細工ショップ ZEEP

1983年撮影 (注)現在は扱っていません
 1981年、今まであった、ZEEP 国際通りローハイド店・ZEEP沖映通り店、ファクトリー&ショップ ZEEP前島店の3店舗を国際通りに一つにまとめ、ハナペペブランドウエアも加えた、OKINAWA LOCO SHOP HANAPEPEとして再オープンし、  サーフウエア&革細工ショップとなりました。
 沖縄のメインストリートであり、当時は沖縄唯一のファッションストリーだった国際通りでは、当時のオシャレな学生や世代を超えた革細工ファンの地元の人達及び、観光客の皆さんに、ハナペペオリジナルの革カバンやペンケース・札入れ、ベルト他、革モカシン等が人気でした。

*現在の国際通りは2000年頃から、テレビ番組等の影響で沖縄の田舎暮らしスタイルのブームが起き、沖縄風みやげ屋さん&沖縄風居酒屋オープンラッシュが始まり、以前のファッションストリートの面影は既に無くなりました。

2007年2月から、毎週日曜日の昼12時から夕方6時まで、国際通りは歩行者天国になります。
 果たして今や土産物屋通りと化した、現在の国際通りに地元客は馴染めるのでしょうか?

 特に、ひとつひとつ注文で作るハナペペ革カバンは当時の高校生達の憧れの商品となり、沖縄において1980年から93年ぐらいまで続く沖縄独自の学生向け革カバンブームを起こしました。2社からコピー商品も出回る程。
1982年に当ショップでオーダー製作した当時の常連客が来店して自慢の札入れを見せてくれました。
 あまりの使い込まれの凄さに感心するばかり。
 この方は他にもショルダーバッグ・クラッチバッグ等も持っていますが、皆いい感じになっていました。

 職人冥利に尽きます。
 

 私は1995年から7年間バリ島やバンコクに住みだしたため、革細工はそれ以来遠ざかっていますが、また復活させようかな? 

(2006/11/26)

 10月は↓記の懐かしい方々も来店。

 20年前、私が所属していた潜水団体の顧問をなされていた、当時四国学院大学の助教授だった漆原さんが偶然にも当ショップが、同じ四国香川県にあるKSB瀬戸内海放送の番組取材を受けた日に来店。数年ぶりの再会で盛り上がりました。
 何と漆原さんは40代半ばで同大学の副学長になられ、KSB瀬戸内海放送の番組にも出演されていて、取材番組関係者ともお付き合いあり、その偶然に喜んでいました。
 
(06/11/26)
 今日は、1年前からのファンと言う、ハナペペのTシャツを着たご主人がお子様連れのカップルで来店。
その直後、男性2名様が来店。何気なく一人の男性が着ている、一風変わった、古そうなTシャツを見ていると、記憶の底から何やら懐かしい思いが。
 しばらくしてハッとした私は、もしやと思い、胸のかすれたプリントを確認すると、何とハナペペロゴが。思わず、「お客さん、それ懐かしいTシャツですね!」
 それを聞いたお客様は嬉しそうに、「20年前買ったハナペペTシャツですよ!」
 「20年前?」私は鳥肌が立ちました。
 「写真を撮らせて下さい!」 ↓その写真がコレ!
← →
 発泡プリントのハナペペロゴは、
その特性から年月が経ち、薄くなっています。
本当にこのTシャツが好きで着古したって感じでした。
 左の友人はハナペペ 3pointTシャツを買って行かれました。
後ろのカップルの彼は
ハナペペ インディゴ3pointTシャツ

着て1年ぶりに来店。
 今回はハナペペ3pointダークグレー
長袖Tシャツ
海龍神Tシャツを購入。
 これからは毎年沖縄に来て、ハナペペ
Tシャツを2枚ずつ購入する計画との事。
 と言う事は、10年で20枚揃うのか、と独り言を言っていました。(笑)
↑彼によると20年前の17歳の時、修学旅行で初めてハナペペへ来店。
 当時は夜学に通っていて、昼はすし屋で修行。
 現在は北九州氏小倉北区鍛治町(TEL093-531-0122)でサーフボードを飾ったすし屋を経営しているとの事。
 北九州のハナペペファンの方はハナペペTシャツを着て行き、寿司を食べながらオーナーと盛り上がるのもいいのでは?

 そう言えば、2002年頃だったか、ハナペペ レディスツートンTシャツを着た女性がカップルで来店。そのTシャツを見ると黒の袖の色があせ、相当着込んだ様子。
 彼女の話によると、このTシャツは、数年前にカンボジアの市場で見つけて買ったとの事。
なんでも、カンボジアでは海外からの援助物資が市場で売られているそうで、このハナペペTシャツも日本からの援助物資との事。
 何かドラマティックですね。こんな形でまた日本に里帰りするなんて。
 私は、その使い古して何とも言えない味が出ているハナペペTシャツが欲しくて、「新しいTシャツと交換してもらえませんか?」
 ウンと言わない彼女。
「では5千円で売ってもらえませんか?」・・・首を縦に振らない彼女。彼女いわく、
「このハナペペTシャツは、私の大事なコレクションなので、手放す気はありません」とキッパリ!
 オーナーとして、嬉しいやら残念やら・・・。
 でも、
04/7月、色違いですが、タニガワさんに協力して頂き、当時のレディスツートンTシャツを手に入れる事が出来ました。
今回は断れないように、欲しいTシャツは1枚1万円でゲット!

 ハナペペTシャツには、本当に熱烈なファンがいて感慨深いです。
 現在でも毎日のように、8年ぶりです。3年ぶりです。中には、一ヶ月ぶりの方もいて、嬉しそうにカミングアウト?してその当時は無かった新たなデザインTシャツを購入したりして行かれます。


(2007/3/10)
 
 昨日までに来店された主なお客様を↓記に紹介。

17年ぶりと言うカップル様が来店。
 男性のお客様が「ボロボロになるまでハナペペのTシャツを着ていました」との事で、当時は無かった、ハナペペモノトーンTシャツを買って行かれました。
 丁度その時、革工房作りで立て込んでいたため、少ししか話せず残念でした。またの機会を楽しみにしています。

・2月中旬、ご年配?の女性が、「こんにちわー!覚えていますかー?」と、笑顔で来店。
 私は、覚えてなく、
 「実は2年前、家族から、どうしても海遊人のTシャツが欲しいと頼まれて、とても寒く小雨と風の強い中、県庁方面から国際通りのあちこちのTシャツ屋さんを探し歩いてやっとハナペペに来たところ、店長さんがマフラーを首に巻いて下さり、無料でいいと、店から送り出されました。
 家族の皆も、その時買った海遊人のTシャツがとてもお気に入りで、前回は私のぶんだけ買わなかったので今回は自分のTシャツを買いに来ました」との事。
 
 「あー、そんな事がありましたねー。」と、やっと思い出しました。
 2年前のその日は特別寒く、悪天候の中来店され5枚のTシャツを購入。
 店から、冷たい強風と小雨パラつく国際通りに出る時、襟元が開いたシャツの首元がとても寒そうだったので、丁度、バーゲンセール中の安いシルクのスカーフがあったので、首に巻いて差し上げた次第です。
 その年の天候異常のバンコクで、初めて寒い思いをした時巻いたスカーフの暖かさを知った経験から、両手に荷物を持っていたお客様の首にとっさに巻いて国際通りに送りだしました。
 でも、2年ってあっと言う間。怖いですねー   


(07/3/25) 


 今日、観光客が多い中、今風の髪型をした若い男性客が25年前、当ショップでも販売して人気のあった手作りの革ショルダーバッグと同型を肩に掛けて来店。
 すぐにハナペペのツートンシャツを手に取り、「このTシャツ、とてもカッコいいですねー、自分は沖縄市に住んでいるんですけど、もし、本土に行く事になったら、ハナペペのTシャツを買って行こうと決めてました」
 
 今時の子がどうしてこんな懐かしいバッグを持っているのか気になっているところへ、このセリフ。
 
 何でも今年、京都の大学に合格し、明日から京都に行く事になったので、前から欲しかったハナペペのTシャツを買いに来たそうです。
 それでは、記念に1枚、と買ったばかりのTシャツを着てもらい写真を撮らせてもらいました。
←かなりテレ気味でした。
(07/4/2)
07年3月26日、ハナペペ札入れのファンと言う方からのメールが来ました。↓
HANAPEPE 店長様
 
はじめまして,栃木県に住む,うちなぁーんちゅの宮城と申します。
HANAPEPE製革財布を15年(中学校から)使用している者です。
今回3代目の財布がもうボロボロになり,正月に帰省した際,
HANAPEPEを訪ねると,補修もやるからまた連絡してと言われました。
HANAPEPEの革財布が好きで,他の財布は購入する気になりません。
補修が不可能でしたら,新品で作成とかもできるんですか?
お値段含め教えてください。
ちなみに3代目の財布の外観を添付します。
 
よろしくお願いします。
↓記、オーナーより返信。
メールありがとうございます。革工房を復活させましたので、注文制作可能です。同型でいいですか?
懐かしい札入れの写真まで送ってくれてありがとうございます。宮城さんの今回のメールと写真をオーナーブログに載せていいですか?
今日も学生時代使っていたハナペペペンケースと同型を甥っ子にプレゼントするためにと注文に来た女性客がいました。
また毎年、今は本土に住む沖縄のハナペペファンがナイチャーの彼女にハナペペを自慢しながらハナペペTシャツをまとめ買いしに来たりもしています。

HANAPEPE 店長様
 こんばんは,
新品販売をしていただけるのは非常にありがたいです。さて,添付してあります写真と同じモデルを希望します。このタイプの最高傑作だと私は思っております。
 ・札入れ部分に補強?の返しがついた最終モデルである。(添付ファイル参照)
・色は明るい茶色(当時は,明るい茶と,濃い茶の2種類ありましたよね。)
・数量1個
 
以上が希望の品です。
発送料込みの料金,及び振込先を教えていただけますでしょうか?定形外郵便での発送でかまいません。
また,納期の方も教えてください。よろしくお願いします。
※ブログ掲載の件,OKです。
 できれば,他メーカーの財布は持ちたくないので,末永く販売してほしいです・・・           宮城
 
オーナーの感想↓
 今年になって続く懐かしいハナペペ商品の数々。
1980年代当時は、ハナペペTシャツ&ハナペペ革カバン等の革製品の人気がダブルでしたので、昼は毎日のようにマリンスポーツ、夕方からは革製品ばっかり作っていた当時が思い出されます。
 1995年から輸入雑貨が売れ始め、その後、何と7年もバリ島やバンコクに住む事になり、自ら当時のハナペペ革製品ブームを終了させてしまいました。
 当時の多くのファン達には申し訳ない事をしたと思っています。。


(2007/7/18) 
 7月に入てからも、様々な嬉しいお客様たちの来店が続きました。↓記に紹介。
・7月5日
佐賀から来店された男性の方は16年ぶりに来店。当時の記憶を頼りにハナペペを探して来ましたとの事。
16年ぶりのハナペペとの出会いにチョット興奮気味で↓記のように話されて行かれました。

 
20年前、佐賀でショップを持つ友人がアメリカからの輸入衣料を扱っていて当時のカリフォルニアスタイル商品で大当たりし、自分もアメリカまで行き買い付けを手伝っていました」
 
 「当時沖縄に行き初めてハナペペの商品を見た時、ハナペペのグラデーションのロゴプリントのTシャツやカラフルな商品と店の独特なムードが衝撃的で、一発でファンになりました。当時の日本には地味目なTシャツが多かった中で、アメリカでも出会えなかったデザインのハナペペTシャツはメチャクチャカッコ良かったです」
 
 「彼女もハナペペファンなので、今回ハナペペのTシャツを買って帰ったらとても喜ぶと思い買いに来ました。しかし、国際通りもすっかり変わってしまいましたねー。息子が私が持っている当時のアメリカ製ウエアを欲しがり着ていますが、友人達からとてもうらやましがられているそうで、ハナペペTシャツも着せたいです」

 と、ご夫婦とお子様用とを購入して行かれました。

 彼曰く、
「特に袖にHANAPEPEと入った長袖Tシャツやラグランのトレーナーは最高でしたね。今はないのですか?」
 「今見ても沖縄生まれのハナペペTシャツは最高ですね!」 


・7月6日

アダルトな割りに焼けた肌に引き締まった体と爽やかでセンスのあるファッションの男性客が来店。
 他にも2組のお客様達がいたのですが、構わずに昨日のお客様のように多少興奮気味に話しかけて来ました。
 
 
「私は今53歳ですけど、ずーと若い時から湘南でサーフィンをしていますが、当時は湘南でもハナペペのラグランのTシャツを着ていなければ本物のサーファーでは無いと言われていました。本当にハナペペは凄いですね!」と、現役のサーファーらしく、今回もラグランTシャツと新たな伝説を作りつつある海遊人の3ポイントTシャツ等をまとめ買いして行かれました。
 
・7月8日

女の子二人のお子様を連れた30代のファミリーが来店。
 色が白く、今風のローライズのジーンズとカジュアルなTシャツをお洒落に着こなす、スタイルのいいお母さんに見とれていると、(失礼!)
 
「80年代に、とても人気があったハナペペの白と黒のTシャツはないですか?」
 話を聞くと、
 
「私は沖縄出身で今は神奈川県に住んでいます。私が学生の頃、ハナペペTシャツが凄い人気で私もとても大好きで着ていました。また、あの当時のTシャツがぜひ欲しくて買いに来ました」
 当時のハナペペの様子をご主人に話しながら約30分間、本当に懐かしそうに商品選び。
 彼女曰く、
 「当時の国際通りのハナペペは私達の憧れのブランドでした。今の国際通りは??なTシャツ屋さんや土産物屋さんばかりになってしまい、以前とすっかり変わってしまって、、。どうしてですか?」
 と、残念そうでした。 今回はハナペペのみ家族4人分計11枚をまとめ買いされて行きました。
 
 
 以上、熱烈なハナペペファンの来店が3日間続き、改めてハナペペブランドが沖縄だけで無く、多くのファン達に支持されている事を実感させられました。と同時に大きな責任感も。
 
 本当に、当時のブームの中で育ったファン達は、ハナペペTシャツは一生忘れる事が出来ないと言う位の大きなインパクトを感じ取っているようです。
 
 当時、あらゆる色の組み合わせでTシャツやトレーナーを作っていて、車で町を走っていると、どこかしらに色々な種類のハナペペTシャツを着ている方達を見かけました。
 それが又、街中で目立つんです。理屈抜きでカッコイイ!と感じてしまい不思議な気分でした。

 ある男子高校生は制服の白シャツの中から、着ているハナペペロゴが透けて見え、それがなんとも言えないカッコ良さが出ていました。数年後に聞くと、そんな着こなしもブームだったそうです。
 オーナーとして、そんな多くのファン達と接したり、人づてに聞いて感じるのですが、当時のハナペペファンには当時のブームの先端を行っているカッコいい男女が多く、彼らや彼女達が着こなす事でさらにブランドイメージが上がると言う相乗効果があったように思います。
 それを自認しているコアなファン達は今でも凄いプライドを持っています。
(今、コレを読みながら、頷いている方もいるのでは?)(笑)
 
当時のお洒落でコアなハナペペファンは、そのカッコ良さとセンスをずーと持ち続けているように感じます。上記の3人の方達がまさにそれでした。まさに実感しました。
 
 そんな当時の方達は加齢を感じさせず、いい感じに年を重ねています。
 特に私より先輩で上記の53歳の今も湘南で現役のサーファーの方には参りました。こういう方は一生カッコイイんでしょうね。勉強になりました。
 このHPも時々拝見しているとの事なので、もしかしたら当時から知るハナペペの事をもっと熱く語ってもらえるかも知れません。

 私がお遊びで作った何でも有りTシャツコーナーが、ハナペペのイメージが落ちると長年のプライドの高いファン達からかなりの不評なので(苦笑)、 実店舗での販売を止め、当HPのみでの販売とします。
 それらのデザインはアイデアが沢山あるのでHP向きかも知れませんね。その中からヒット商品が生まれると独立させ、専門店が出来ると面白いです。
 
 
では、海遊人Tシャツや海龍神Tシャツしか着ないと言う熱烈な海遊人ブランド系Tシャツファンも増えていて、遊び盛り?のオーナーとしてはバランスを取るのが結構大変です。でもせいたくな悩みです。本当にそれぞれのブランドTシャツのファン達に感謝です。
 
 もし、年に一度のある日、全国にいるファン皆でハナペペ&海遊人Tシャツを着て見るイベントとかあったら楽しそうですね。軽いノリで!
 例えば、一斉に家族や仲間達でハナペペ&海遊人のTシャツを着て、各地で着ているファンに共通する通ずる者同士の連帯感のネットワークがあっと言う間に出来てしまいそうです。
 以前から、「家族でハナペペのTシャツを着てデパートとか行くと注目度抜群でとても楽しかったです。やったねハナペペさん!」との内容のお便りも頂いた事もあります。
その潜在的なファン達のパワーが年に一度結集したら面白いでしょうね。
 
 ハナペペTシャツは82年にオープンして以来世代を超え、ハナペペロゴTシャツを可愛い、またはカッコいいと、素直なハートで感じて、愛用して下さっている一般のお客様の口コミを通して、25年間人気を保持し続け、ロングセラーを続けている沖縄で唯一の商品です。
 この事はオーナーとしても多くのファン達のおかげですが、一時のブームで終わらない、とても自慢出来るハナペペの大事なファクターです。
↓26歳の時、若気の至りから、最強??の海遊人を目指した実録体験写真。
↓ジムでのトレーニングを始める前の頃。

 写真の顔はボカシてあります。 
ついでに1982年オープン当時の2階にあったハナペペ内のムードが解かります。
知っている方には、とても懐かしいでしょうね。
私の背後にはハワイで仕入れて来たTシャツが下がっています


のハワイやカリフォルニアンムードが日本の中で一番似合うのが、ここ沖縄本島だけだと思います。
 
 当時はひげ面が珍しく、沖縄や東京、ハワイでも好評でした。
 

1歳の時、竹富島に移住直後から生やし始めた無精ヒゲ。
 ある日、竹富島でオープンさせた手作りの店に来た観光客が私を見て、西部警察の「ロッキーに似ている!」
  ロッキー?誰それ? 
  NHKしか写らない竹富島では、お客さんの言っている事が解からない。 時代の波に取り残されて行く一抹の寂しさを沖縄本島からも遠く離れた島で感じとりました。



 上の写真の私が、3ヶ月後には↓下の写真2枚のようにマッスル海遊人に変身。
手首や足首が細い家系なのでコントラストが異様に感じました。
 元々、贅肉が無い体だったのでウエストはかなり細かった。

 細かった太腿も写真の上腕のように太くデコボコになっていました。

↑ジム通い2ヶ月と3週間後

←↑連日ジム通いして約1ヶ月半位の時。
 リキまずに撮影。

 
↓トレーニングを始める前真新しいトランクスで〔左)
         トレーニング開始3ヵ月後、同じトランクスで
(右)
◎まだ、数枚写真があります。
 
(注)お好きな方のみご覧下さい!→こちらへ。

こんな写真に嫌悪感を抱く方には申し訳ないです。(陳謝)


え? どうしても顔が気になる?
 早く見たい?
・・・・・では、どうしても実店舗に来れないと言う貴方には、特別に、こちらの写真で良かったら、どうぞ!

懐かしいお客様達との出会いからついでに、当時のこぼれ話↓を紹介。

←ハナペペをオープン当時、サーフィンから始まり、ウインドサーフィンから、艇の短いファンボードに切り替えると、台風時の強烈な突風のパワーに海上に大きくふっ飛ばされた私はパワーに負けた悔しさから、次は絶対に強風に負けないパワーを身に付けようとジムに3ヶ月通いました。(単純過ぎ)
 
 当時、何を考えたのか、夜はついでに空手道場にも通い、クタクタに体をいじめ抜き、朝起きようとすると首から下が動かない状態になった事も。(多分風と格闘するつもりだったのでしょう)
 その時は笑うしか無かったけど、変な充実感も。
 
 小学校の一年生の頃から、足の甲だけで鉄棒にぶら下がったまま30分も平気で逆さまの景色を余裕で楽しんだり、鯉のぼりのように垂直な鉄棒に直角に体を横にする事も簡単に出来、その垂直な鉄棒を腕だけで苦も無く上り降りしたりするぐらい筋肉質だった私の体は、自己流の単純なトレーニングで、3ヵ月後には左写真下2枚目のようになっていました。
 
 風に負けないパワーを付けようと、がむしゃらにトレーニングしたのですが予想もしていなかった筋肉が付き、 ビックリして記念に残した写真です。なんじゃこりゃー!てな感じで。
 これ以付いても困るだけだし、、。
 
 目的が違ったため慌ててジムと道場も止め、連日マリンスポーツライフにに没頭。
 
でも、もし続けていたらどんな体になっていたのだろう・・・。想像出来ないけれど、、、。
 多分持っていた服が着れなくなっていたのではないでしょうか?
レッグカールやレッグプレス等もやっていたため太腿も異様に太くなっていて、ジムにいた方々が私の足を見て絶句していました。
  一度身に付いた筋肉の付き癖は残り、全くトレーニングしない時が数年続いても、ある日思い出したように軽くトレーニングをするとすぐに筋肉が付く事を体感しています。

 あるテレビ番組で50歳を過ぎてからボディビルを始めて見事な体を作り上げた方がいましたが、時間が出来たら挑戦して見たい気も・・。

 テレビでエグザイルのメンバーの一人(26歳)の自慢の割れ腹を見て、同じく当時26歳の私の割れ腹を懐かしく思い出し、当時の海遊人スピリッツを少しでも感じてもらおうと思い掲載しました。

 来店が続く長年の熱きファン達の思いに、当時、同じく熱かったオーナーの写真を恥ずかしいですが初公開しました。

 知っている方もいらっしゃると思いますが、何も重いダンベル等の器具を使わなくても、簡単で単純な軽い運動で、左写真のようにはいかないまでも太い腕や胸筋が厚く付いた逆三角形の体は維持出来ます。




(07/11/21)
↓もし、マッスル海遊人をTシャツにしたらどうなるか?と、お遊びでデザインして見ました。(笑)
左の上写真実物では、右腕が内側に傾いていて左右対象ではないため、左腕を反転して右側の傾いている右腕と取り替えて見ると、本来の後ろ姿が再現出来ました。


 *UPで見たい方は

ちら


 


(08/1/18)
07年、遊び心で掲載した↑マッスル海遊人と2000年に遊び心で作ったゴーヤーTシャツとのコラボから生まれた、ゴーヤーちゃんマンキャラクター。
ニュー、オキナワンヒーロー誕生! です。

欲しい方は沖縄テイストTシャツページへ!


 
*夏になって毎日、新規のお客さんをと共にリピーターの方達が皆さん嬉しそうな笑顔で来店されています。
 中には毎年来店されるカップルやファミリーのファンの方も増えています。


(2007/8/13〜更新07/11/4)

 ついで、ハナペペとしてオープンする前の,、1982初頭の年当時の秘蔵?写真がありましたので掲載します。

ハナペペを1982年にオープンする前に、実は憧れだった
ウエスタンショップをオープンさせました。
 
 竹富島での移住生活を断念して沖縄本島那覇市で手作りの店をオープンさせた1年後、沖縄では目新しい店が新聞記事で取り上げられた事もあり、お客が増えましたが、一つ一つの手作り品販売の経営に限界を感じ、店を二人のスタッフに」任せて、新たな刺激を求めて東京へ再上京。
(右段に続く→)




 
1982年、当時の沖縄で一番盛り
上がっていた、ディスコ バースデイの
ウエスタンパーティーに衣装協力した時
のスナップ。
 参照→ファンからの声


ステッチ刺繍で一番のお気に入りだ
ったウエスタンシャツは、東京青山のベ
イリーストックマンで購入した、
H - C ブランド製、当時18、000円を着て参加。





 1982年頃、何故かお客さん達から好評だった無精ヒゲ面
素顔は自主規制!(笑) 

 自分で作った革ベストを着用。
写真には写っていないけど、同じく自分で作った厚めの革製ジーンズも履いていて、これも沖縄や東京で履いて歩くと好評でした。

 もちろん、1980年に初めて国際通りに出店した、レザーショップ ZEEPでも、当時35000円から45000円の価格でも売れていました。
 原宿のアトリエで作り置きしていた、約10着のみ販売、
 
 そして1982年、新たな夢だった、沖縄初、椰子の木ロゴの沖縄ブランド ハナペペTシャツが加わり、ワイルドなウエスタンファンから、マッスル海遊人になり、沖縄本島ならではのマリンスポーツに没頭!
 革製ジーンズは残念ながら今は作る気がしません。(笑)
 


歴史ある沖縄グラフ誌のカメラマンである仲井間氏が当
時の私と、このショップスタイルをベタ褒めで、ある日写真を
撮らせて欲しいと頼まれ、彼に言われるままのポーズで撮り、後日私に下さった、当時を残す写真です。
*毎日履いていた愛用のトニー・ラマ製ウエスタンブーツ&同じくトニー・ラマ製のブーツカットのジーンズで。 

 何故か、私が作ったガンべルトまで持たされ、慣れ無いポーズも取らされて恥ずかしかったのを覚えています。

↓上写真の顔UP!お客様から好評だったヒゲ面。
アルパシーノに似ているとも言われたりしました。
 
 
 


7年8月2日には、24年ぶりの来店と言う女性の方が息子さんを連れて、とても嬉しそうな笑顔で来店。
 その当時着ていたTシャツと同じTシャツを欲しがり、店内に張ってある当時の写真を息子さんに見せながら、ハナペペの事を嬉しそうに説明していました。
 独身時代に訪れたハナペペが、今もあるかなーと思いながら、当時の記憶を頼りに探して来たそうです。
 あれこれジックリ選びながら、家族5人分のTシャツを購入して行かれました。 
     
 1980年前後の当時の東京では、青山のベイリーストックマンや、六本木のシェラマドレ等の本格的なウエスタンショップがファッション雑誌等で取り上げられ、東京はウエスタンブームが始まっていました。
 偶然にも、ウエスタンファンにとって憧れのゴローズ(原宿)に製作スタッフとして入社する大きなチャンスに恵まれ、その1年後の1981年に沖縄初のウエスタンショップをオープンさせました。
 
 ところが、オープンさせて解かった事ですが、所得水準が日本一低い沖縄では、45000円以上するウエスタンブーツや12000円から25000円する革ベスト・ウエスタンシャツ等はまるで売れない。
 確かにウエスタンファンはいるのですが、せいぜいジーンズにネルシャツか、よくて安めのストローハットどまり。
 履いている靴は平凡な靴で、沖縄では非常識?な商品の価格を見て、一応に、「トンでもない」と言う感じでした。
 
 さらに、当時の東京では外人も少なく、日本人同士でファッション性のみを追求して、高い商品程売れる状況でいいのでしょうが、ここ沖縄ではテキサス出身の米兵も多く、本場の外人達が来ると、何か恥ずかしい思いをしてしまう。
 
 そこで、自分がファッションの街、大都会東京の感覚でお店をオープンさせた事が間違いと気づきました。
 (現在の沖縄ブームに乗せられ、本土の感覚でお店を始め、数ヶ月や僅か数年でやめて行く方達が多いのも似たようなものだと思います)
 
 その頃、カリフォルニアやハワイのロコスタイルに憧れ、サーフィンやウインドサーフィンを趣味で始めていた事もあり、サーフ&マリンショップが最も沖縄に合い、沖縄ならではのショップだと確信し、即ハワイに飛び、本場のサーフショップや人気ショップを見て周り、帰国後すぐにハナペペをオープンさせ夢を実現させました。


↑ハワイに行く時もウエスタンブーツでした。





・・・そして、それまでの2年間、ずーっと履き続けていたウエスタンブーツから、当時流行っていた、リーボックのスポーツシューズやビーチサンダルに履き替えた頃の写真が、上記にも掲載してある、この下の写真です。

←私にとって、ウエスタンファンから、サーフィンを始めとするマリンスポーツをこなす、沖縄ならではの海遊人へと大転換を図った時の、特に思い出になる写真です。
  こんな経緯から、1977年、竹富島から始まった小さな手作りの店から出発したハナペペは、どこにも無い独自のムードを持つ、沖縄国際通り生まれのオキナワンTシャツとして、オープンと同時に地元客や観光客の両方に受け、現在まで長年人気を持ち続けています。 
 
 そして、1995年から扱った輸入雑貨品がアジアン雑貨ブームの中で新たなヒット商品となり、その後7年に渡り、海外を飛び回る海外生活が主な、海外遊人→海遊人になりました。
 

 さらに、(ここからはフィクション!
 2000年頃から始まった沖縄移住ブームを1977年に既に先取りしていた私ですが、今の島暮らしブームに乗ろうと再度竹富島に渡り、1977年当時と同じ手作りの店をオープン。
 今度は、2000年代風の沖縄ブームに合わせ、大好きなビールを泡盛に変え、グルクンを肴に毎日三線を引き、カチャーシーを踊り狂うと言う、気楽で楽しい毎日。
 その現在の憧れの沖縄ブームの頂点に立つ?私の写真がコレだ!→ 

♪ /(^O^)/ \(^O^)\ /(^O^)/
\(^O^)\ (v^竸)v \(^O^)\


↑つられて、カチャーシー踊り隊の皆さんも友情出演! (皆さんもご一緒に!)
ハッ! イヤイヤ! ハッ! イヤイヤ!

\(⌒▽⌒\)  /(^O^)/
 v(^△^)v

注)
イヤがっている訳ではありません。独特の掛け声です。

 ・・・何て事になってたりして・・・・。
 島の住人以外、誰でも一度は感染する、南の島に憧れる病に既に掛かった後の私だったので、免疫力が働き、今の行き過ぎた沖縄ブームには「ナゼ?」??で、さすがに実行出来ませんでした。
 そこで、今度のブームには、イラストの世界だけで、カチャーシーサーに変身。
  
 でも、私の原点である、竹富島でオープンさせた、
手作りの店 YAN趣味人みたいな店を今のハナペペ内に再現するのも面白いかな?

・(2007/8/13掲載)

 このショップニュース(保存版)を書くキッカケを作ってくれたTさんから、↓記メールを頂きました。

 遊人さん、お久し振りです。ブログを愉しく読ませて頂いています。

7/18更新の鉄棒の話を読んで、へぇー!!小学生の頃にこんな友達欲しかったなぁって・・。

 そう思ったら、ハナペペファンの皆様に まだ夢を追い駆けはじめた頃の20歳の頃の遊人さんを紹介したくなりました。

    遊人さんと日本ジュエリーアカデミー(NJA)の教室で机を並べていた時代は、松任谷由美がまだ荒井由美と名乗り、活躍されていて、甲斐バンドやイルカなど、ニューミュージックと呼ばれた歌が流行っていました。

北海道から上京した私は当事、東横沿線で6畳一間の部屋を2万円を切る額で借りる事が出来ました。当時の電車内ではベルボトムのG-パンをよく見かけたなぁ〜。

 

  代々木に在ったそのスクールは空が暗く染まった頃、仕事帰りの若い夢追い人の熱気でいっぱいに。

そんな空気の中で授業の初日、遊人さんに初めて出会いました。端整な顔立ちで深い黒色の瞳には、その眼で何を見て来たのだろう?って思わせるような独特なムードを漂わせていて、自己紹介の時、「沖縄・・・」と話されたので、北国育ちの私には強く印象に残ることになりました。

 

 授業が始まり数日経つと、デッサンが上手く、手先が器用で呑み込みの速い遊人さんはNJAの授業内容では飽き足りない様子でした。

いつも何かを模索しているようで眉間にたてシワを寄せてたっけ。 でも、ここからが遊人さんの凄い所。

 

 短い夏休みが終わりスクールに行くと、遊人さんを囲んで教室内から楽しそうな笑い声が。オーナープロフィールに載っている遊人さん手作りのクラッチバッグを見たのはこの時だったと記憶しています。その器用さに驚き、私のバッグを作って!と注文したのが、メールで写真を送った30年前間愛用しているバッグです。

その頃から求めていたものを得たかのように、以前とは違った姿勢で主に鋳金(銀細工)で作品を作られていたと想います。その時の遊人さんが作る独特な作品には目を見張る物がありました。

 特に、指をリアルな両手で抱きかかえるデザインの指輪は、今まで見た事もない発想で良かったなぁ。

新年を迎へ のん気に過ごしている私の処に、「兄危篤直ぐ帰れ」と連絡があって帰郷し、しばらくして東京に戻りスクールへ顔を出すと、"沖縄に帰るんだって≠ニの噂を耳に。

 

直接訊いてみたら 「沖縄へ戻りハンドメイドと道玄坂に在るような雑貨ショップをやりたいんだぁ」と一冊のノートを見せてくれました。

 わぁー!! びっしりと綴られた文字と、その夢を実現して行く為の青写真がそこには画かれていました。

 それから何ヶ月か過ぎて、「僕は今、沖縄の一番美しい島で手作りの店をオープン・・」

  

  昨年の06年、思いもよらなかった再会からもう一年経つんですね。  国際通りで、鶴が舞う和柄アロハに誘われてハナペペ&海遊人の中へ何故か引かれて入ったら、そこに記憶に残っていた深い黒色の瞳と、こぼれる笑顔を見たときは、ホント 驚き!  
 
 頭の中で記憶の配線が一瞬にしてジュッと、固まってしまいました。

 竹富島で手作りの店をオープンさせた後、多くの方々と出会われ、様々な体験をされてきたんですね。何の後ろ盾も無く、沖縄に生まれ育った当時20歳の青年が夢を追い駆け、たった一人で沖縄発のブランドショップを創造したんだもの、これって凄い感激!!!
  一過性のブームで終わらず、多くの新旧のファンを持ち、それぞれの方達に支持されているハナペペって・・・。

 以前にも書かせてもらいましたが、その捕らわれの無い生き方が公人として より多くの人に影響して行くと、何か嬉しいなぁ、と思う私です                             Tより

Tさんへ返信

 約30年ぶりのバッグとの出会いと言う、まったく予想もしなかった出来事や懐かしいお客さん達との出会いが続いた事もあり、ハナペペ&海遊人のルーツを紹介するための、この保存版を掲載する事になりました。
 Tさんとの偶然の出会いが無ければ、この保存版は生まれていないと思います。
 このバッグが良いキッカケとなり、手作り人生の始まりとなったNJAでの頃を思い出しながら、過去から学び、新たな気持ちで次のムーブメントへの商品作りを始めています。

 
 、オシャレと人気のある、ハナペペ デニムバッグも、07年から新たに加わり、小さな、本当の手作りの店から出発した現在のハナペペ&海遊人ブランドに新しい風が吹き初めています。
 
さらに9月から、男性用サーフトランクス&女性水着や可愛いサンダル等の販売コーナーも10年ぶりに復活!オープン当時のハナペペのムードも蘇りますよ!
 
 ここ、1、2年ほど、人手不足もあり、多くのなじみのお客さん達と接する時間が有り気づかされたのが、ハナペペ&海遊人のコンセプトは、本土に無い、ラテン系気質で独自の東南アジア&ハワイ的な魅力を持つ、トロピカルアイランド沖縄の国際通りで誕生したインターナショナルで、オシャレなブランドだと、再認識させられました。


竹富島移住前に沖縄本島で働いている時、友人の誘いで行った鹿児島の指宿の海岸で。
 竹富島移住実行直前の喜びを体を使って表現するオーナー。笑っちゃいます。




 この1週間後、竹富島へ移住開始!野生人を目指して、不精ヒゲを生やし始めました。
そして大都会東京での生活で夢見た、ロビンソンクルーソーのような、小さな島の生活に没頭しました。
 竹富島での生活は?
参照→
ハナペペ&海遊人物語

 
 
昔の写真はいいから、現在の素顔を見せろって? な、何て恐ろしい事を!・・・・・((大笑))
 でも、オープン当時から現在も、よくお客さんから、ぜひ一緒に!と頼まれ、断りきれず(汗)に、一緒に並んで写されています。((小笑))
 *来店の際はお楽しみに! 
 
人間の進化?の過程が楽しめますよ!((大笑)) v(^△^)v


(2007/10/28)  
ハナペペTシャツの復刻版や自由な配色の組み合わせで1枚から注文製作可能です。
                      ご注文は→ kaiyujin@nifty.com
長年のハナペペファンと言う広島県の岩下さんから、家族分13枚のハナペペTシャツを白Tシャツの復刻版も含めて特注にてご注文を受けました。
 中でも左写真のキッズのラグランTシャツは、とにかく可愛くて、ハナペペの新しい魅力を感じさせて頂きました。
 
 80年代ヒットしたハナペペ ラグランTシャツは様々な色の組み合わせがありましたが、今回のピンクとの組み合わせは初めてでした。
◎10月7日の日曜日には、結婚や仕事で本土各地に住み、現在は30代となった地元のハナペペファン4組が立て続けに来店して購入。こんな日は初めてでした。
 皆さん全員、ハナペペTシャツの良さや、それぞれの思い出を話されて行かれました。
 
*当ショップに訪れる新旧のファン達に接していると、25年を過ぎた現在でも、地元の人達や本土からの観光客の両方のお客さん達にその良さを知ってもらい、喜んで着て頂ける沖縄ブランドTシャツに育った事が本当に嬉しいです。
  特に地元の人達が沖縄のメインストリート、那覇市国際通りで誕生したハナペペ&海遊人ブランドTシャツにプライドを持ち、本土で着る事が自慢だと知らされると、夢を実現させて良かったと思います。

1985年、当ショップにて製作した懐かしい革カバンと、07年9月、22年ぶりに再会。
07年9月、22年前、高校入学時に当ショップにて特注で作ったと言う革カバンを修理して下さい。と男性客が訪れました。
 これまた、かなり使い込まれていて、「懐かしいでしょう。ハナペペの革カバンは凄いですね」とお客さん。
 
 現在は沖縄市で中古車屋さんを経営していて毎日業務に使っているとの事。
 スタッフからは、ヴィトンとか持てばいいのに、と言われたそうですが、このハナペペ製革カバンは僕にとってヴィトンより価値のある革カバンだ。と言ったそうで、他のカバンは持ちたく無いとの事でした。
 
 これだけ使い込まれているのに、22年過ぎた今でも糸のほつれも無く、修理といっても、中央の金具の交換と前ポケットに入れてあった鋭利な物がマチに穴を開けた程度のみで、裏張りですぐ修理出来ました。
 *一番力が加わる取っ手の付け根部分のカシメは沖縄市の靴屋さんで数回交換してもらったとの事。
  
 1978年から90年代に掛けて、沖縄で起きた当ショップオリジナルの革製品ブームは、特に当時のお洒落な大学生や高校生達にとって、ハナペペTシャツと同様に憧れのブランド商品だったそうです。

 

←1982年のオープン時から用意されている、来店客用の自由ノートの一部。 
 (沢山あります。全て保存)
 当ショップの不注意で用意されていなかった年もありますが、それぞれの年に来店され書き込んだ方達は当時の自分の書き込みを探して見るのも楽しみのひとつでは?

 店内に用意していますので、しばし、タイムトラベルをして下さい。

オーナーが海外に住みだした頃、当ショップを切り盛りしてくれた当時のスタッフ達。
(1995年から1998年位のメンバーで、4人のうち3人共、寿退職でした。
(スタッフがお店のドアに張ってあった写真を掲載)
 オーナー自慢の有能なスタッフ達のおかげで安心して海外生活を送れました。

 07年夏、↑写真左端のKさんが9年ぶりに再会。小学生の長男も一緒でママになってました。
 上記のスタッフ達同士は仲が良く、今でもハナペペ同窓会を開いて会っているそうです。 嬉しい話をありがとう!

↑海岸で拾った流木に手書きで作った看板。薄くなってますけど、
手づくり YAN趣味人と書かれています。
1977年に誕生した最初の店名、YAN趣味人が、1995年に海遊人その後の海龍神島遊人と続く3文字漢字ブランドTシャツに引き継がれています。
(2007/11/5) 
チョー、シンジラレナーイ出来事が!

1977年、竹富島で初めて開いた
手作りの店、
YAN趣味人にて
 右端のオーナーは顔が並ぶようにヒザを曲げて腰を落としています。
 屋根の茅葺から店内も商品も全て手作り。
 東京で夢見た島の生活にどっぷり浸かってました。

 店写真の左側に下がっている、
お店の看板のUP写真が、

←コレ!

 11月4日午前、来店した5,6人の観光客のお一人が、「あのー、オーナーいますか?」 その顔を見た瞬間!、懐かしい思いが! 
 何とその方は、ハナペペ&海遊人プロフィールの一番上に掲載してある、真ん中の女性でした。

 
 1977年オープンした竹富島の手作りの店、YAN趣味人に来店し、当時私が、石垣島の古老から教えてもらった、アダンの気根の繊維を編んで作ったバッグを注文して頂いた方で、後日、左写真をYAN趣味人まで送ってくれました。 
  当時の店の写真は、この写真が唯一あるのみ。 1977年11月末、歴史に残る大台風の影響で漁が出来なくなり、竹富島から離れ、1982年に国際通りにオープンさせたハナペペに、偶然に来店して驚きの再会をした後、今回は多分20数年ぶりだと思います。
 現在埼玉県在住の安部さんは、今回の沖縄は10年ぶりで、それ以前にもハナペペに何度か来たそうですが、いつも私が不在だったそうです。(1995年から7年間は当方海外住まいでしたので)
 

 今でも私が当時作ったバッグを利用しているとの事。
 イヤー、覚えてますよ!あのバッグ、特注品でした。 もし良ければ、ぜひ写真を送って下さい。
  安部さんは、20数年前のヒゲを生やしている時の私のイメージしか無かったそうで、現在の私のサッパリした顔に気づかなかったそうです。 
  安部さんが当時送ってくれた、店内に張ってある上写真の古くなった実物を見せると、とても懐かしがって私も嬉しくなり、思わず固い握手をしてしまいました。本当に当時、貴重となった写真を送ってくれてありがとう。
 
 不思議なのは、このオーナーブログで、NJA時代から現在まで続く歴史を書いているところでの、この再会です。
 2006年、T・Mさんとの30年ぶりの偶然の再会からから始まった、このオーナーブログ。
 日が経つにつれ、色々な出来事がつながってきます。自分の事ながら、まるでドラマを見ているような気が・・・。 

 


↑30年ぶりに目にするバッグの写真に、しばし時を忘れ感動。
 当時、古老たちによって作られていたあんつくは形が箱型と決まっていました。

 そこで、もっと現代風にアレンジしようと、自由な発想で色々な形で作っていましたが、安部さんのバッグは写真で解るように、
手提げ部分を取り付けたデザインです。
 バッグは注文制作が多かったですが、他に、カウボーイハット
、フラワーバスケットなど、バッグに限らず、あれこれ楽しく作っ
てました。

 当時購入した方達が、もしまだ持っていたら、当時の作品展が
開けそうですが、30年も経っているので難しいでしょうね。


*上のバッグに使われている、アダンの気根の繊維を手でなってロープ状にした材料はとても丈夫で、当時でも、もう作る人がいなくて噂を頼りに、西表島の老夫婦を探し歩き、お願いしてやっと手に入れたものでした。

*素朴でまったくの手作りのこのバッグ、まだ作り方はおぼろげながら覚えています。
(2007/11/14)
 早速、上記の安部さんから14日に、当時私が作った。石垣地方で、あんつくと呼ばれるバッグの写真と手紙を送って頂きました。
 
 こんにちは!主人の休みが取れなくなり、約8年ぶりの沖縄でした。
 ふらっと!立ち寄り、オーナーとお会いする事が出来、うれしかったです。
 帰宅してすぐ、主人にホームページを出してもらいました。友人と私がトップにのっていて、ほんとうにびっくり!!感激です。
 また、あの頃のアルバムを出して見ると、トップに使われていたのと同じ写真はありませんでしたが、YAN趣味人のことや、手書きの竹富島のガイドマップもきれいに保存してあり、なつかしかったです。
 かれこれ30年位?の月日が流れている事も不思議です。
 当時のアダンのバッグの写真同封します。なつかしいでしょ? いつか又、ハナペペに行く事が来たら、持参します。
 それでは、これからもご活躍を祈っております。
  お元気で!


30年ぶりに一緒に撮った写真も送ってもらいました。   
*30年なんてアッと言うまですね。
(^。^)y
上記の30年前の写真の時は原始人のようだった私も、30年間で現代人へと無事進化! 
 エッ?退化だって?

 (2007/12/13) 
 12月1日、25年前のオープン当時に来店して以来、「今回25年ぶりに沖縄に来たのでハナペペに来ました」と言うカップルが来店。 「あの当時の国際通りでハナペペはとても光ってました。変わってないのが嬉しいですね」と20分位じっくりと、来店当時を懐かしむように二人で商品を選んでいました。
 購入後、07年度用自由帳に、
「オープン当時の25年前に来店。・・・・・今回は親子3人分のTシャツを買いました」と、書いて帰えられました。

 
(07/12/15) 

08年度1月号
Free & Easyの表紙
07/12/14、約1ヶ月半前から、ある飲食店のカプチーノにハマり、ほぼ毎朝通い、その味を楽しんでいますが、今日近くの本屋で、何と、24歳の時お世話になった、東京原宿のカリスマショップ、goro's のオーナー、ゴローさんを紹介した特集記事、ゴローズ物語が掲載されている、Free & Easyと言う雑誌を見つけ、懐かしさから即購入しました。
 その内容も素晴らしく、日本に、こんな人がいる事を皆さんにも知って欲しいと思いますので、ぜひチェックして下さい。
 
 丁度、今年07年から、久しぶりに復活させた当ショップの革工房の事もあり、28年前のゴローズのスタッフとして当時、ゴロー氏より大きな影響を受けた私は、このタイミングに何か感じる物が有ります。
 そこで、当ショップのオーナープロフィールで、少ししかゴローズに触れていなかったのですが当時の事を思い出しながら、これを機会に当HPに新たなカテゴリーの革工房ページを作ったので、興味のある方はこちらへどうぞ!
→ネイティブ琉球革工房 
(2008/3/16)  **20歳の時に作ったバッグの実物と、32年ぶりに再会!**



32年前に作った最初の注文品を手
に笑顔のオーナー。

*Tさん撮影
このバッグの持ち主、Tさんが、約1年8ヶ月ぶりに来店。
 
何と今回は、このショップニュースを書くキッカケになったバッグを持参。
 
 約1年8ヶ月前、30年ぶりに写真を見ただけでも感動したのですが、まさか、実物と会えるとは全く予想もしていませんでした。 
 掘り込んであった天使の像を指でなぞった瞬間、20歳の時、革細工に熱中していた、あの時の自分と出会った気がしました。

 実はTさんが革用ワックスを買うために革細工屋に行くと、このバッグを見た革細工屋さんのオーナーが、「いい仕事をしているねー」と感心されたとのメールをもらっていました。
 20歳の時の作品なので、そんな事は無いだろうと思っていましたが、変に納得。くやしいけれど今の私には作れません。当時のパワーのなせる技だとつくづく思いました。 現在のハナペペ&海遊人は、この最初の注文品のバッグから始まったのです。
(08/3/22) またも続く、29年前製作した懐かしいカメラマンバッグ!

29年近く使い込まれた、カメラマンバッグ。手放せないそうです。高里さんと一緒に様々な現場に行ったのでしょうね。

バッグの裏のステッカーをはさんだ上下に写真→の
焼き文字が入っていました。


上部に、那覇市沖映通りにあった当時の店名が。

下部に。製作日付が。
3月14日、地元の新聞、琉球新報社のカメラマン、高里さんが特注で作った愛用のカメラマンバッグの修理に来店。 何とそのバッグの裏には、当時の高里さんの要望により、製作日付けの、1979、6、14と、当時の店名であるYAN趣味人の焼き文字が入れられています。 
*高里さんに、当ショップのHPで懐かしいバッグ等が紹介されている事を伝え、許可を得て掲載させてもらいました。
*本当に気に入ってもらえて嬉しいです。長年のご愛用、ありがとうございます。
 また、修理のお礼に高里さんから、出来立てのシュークリームを沢山頂きました。ムチャ、おいしかったですよ!

(2008/4/4)
 
 たまには、オーナーの身に起きた出来事を書いてみます。
 つい10日程前、寝る時専用の無地Tシャツが洗濯忘れで無かったので、たまたまハナペペプリントTシャツのホワイトグレーが目に付き、何気無しに着て寝ました。
 その日は何故かいつもより気持ち良くグッスリ眠れ、次の日の朝、いつに無く体が軽く、毎朝カプチーノを飲みに行くカフェまでの長い登りの坂道も、初めて苦も無く一気に駆け上れ自分自身で驚きました。

 何か変わった事があったかなと考えて見ると、いつもと違うのはハナペペTシャツを着て寝た事だけ。その時、02年、当HPの沖縄移住計画サイトを作るキッカケになった、北海道の田中さんから、「ハナペペのTシャツを着ると元気になる」と、お電話をもらった事を思い出しましたが、そんな事があるのかな?と思っていました。

 でも体が着たがるので数日間着用して、いつもより気分の良い日を過ごしている時のネットサーフィン中、偶然にあるHPで、虹色の色彩(レインボーグラデーション)には人を元気にするパワーがある。との記述を見つけました。
それで気になり、検索すると↓記のサイトが。
  当方が見つけた参考サイト→ http://www.ascii.co.jp/books/books/detail/978-4-7561-4914-5.shtml

お客様からの反応も参考にすると、
↓このハイビスカスレインボータイプは特にパワーを感じるそうです。

 確かに虹を見た時は、その不思議さに魅せられ幸せな気分になる事を思い出しました。オーナーながら、そのパワーを知ってから、益々ハナペペTシャツを着て寝るのが楽しみになっています。まだ、新しいのでもったいない気もするのですが。そこはもう気合で!(笑
 1982年誕生した、ハナペペTシャツは、そのレインボーグラデーションプリントによるロゴで沖縄ブランドTシャツブームの草分けとなりました。
 また、長年のお客さん数人から笑顔で、「長年着て古くなったハナペペTシャツを捨てる事が出来ずに、寝巻き代わりに使い続けていますよ」との話も聞いています。


 ハナペペTシャツが年齢、時代背景に関係なく、毎年生まれる新たなファンにも支持されてるように一過性のブームで終わらずにいる事も、その虹色パワーが関係しているのかも知れません。

*但し、日頃の摂生が悪ければ虹色パワーも無意味と思われます。 あくまで+アルファと言う感覚で捉えたら良いでしょう。
  



*この保存版のショップニュースも長くなりましたので、08年度から右隣の色々な話題のコーナーへも書き込みいたします。


      
ショップニュース(更新版
新記事リスト
(新しい記事が上に来ます
(2011/7/13)
カップルでハナペペ和柄アロハを購入!
 そのまま着て行かれました。

 
*この和柄在庫僅かです!
ハナペペでは、オーナーの感性で集めた和柄刺繍TシャツやドクロTシャツなどの商品も揃っています。(通販不可)


とても和柄が似合っていたので、ドヤ顔でお願いしたら、即答えてくれました!
    

(2011/7/4)
カップルでハナペペアロハ購入!
そのまま着て国際通りに出て行きました。
とてもお似合いの爽やかなお二人でした。



(2011/5/13)
1、GWには、福岡から一人旅の女性客が来店。友人である↓写真男性客からの紹介との事で、自分用にハナペぺのTシャツ・デニムバッグアロハ桜パッチTシャツ・アクセサリーなどを可愛い!を連発しながらまとめ買い。
 ハナペペの大ファンが、また一人増えました。

2、↓ハナペペ世代の再来店が続いています。下に続く!



沖縄に来た本土の友人から、偶然ハナペペの事を聞き、あまりの懐かしさから20数年ぶりに再来店したと言う彼。
 昨年9月に来店された、ガレッジセールのゴリさんと同様に、ハナペペTシャツのコーナーを前に、とても興奮気味の彼によると、1980年代前半頃、兄さん達が着ていたハナペペTシャツのカッコ良さに衝撃を受け、ムチャクチャ憧れていたそうです。
 自分にとって、ハナペぺTシャツは着るのは勿体無くて、壁に飾って置きたいぐらいの存在との事で、ハナペぺTシャツに対する気持ちが人一倍強い方でした。

 来店初回は自分用に、ハナペペドライメッシュやプレゼント用にハナペペピンクTシャツ&デニムバッグを購入。
 プレゼントした二人にとても喜ばれ、さらに、野球部の後輩に、ハナペペドライメッシュTシャツを見せると、後輩がカッコイイ!と、とても欲しがるのでプレゼントしたそうです。

 そこで、自分用に再購入のため再来店され、写真のホワイトグレーTシャツを購入。、即、着用して帰られました。

 ピッチャーらしい、イイ体格に似合っていたので、写真を撮らせてもらいました。

 彼から、ハナペペは沖縄ブランドTシャツのパイオニアであるとの事・地元の僕達がプライドを持って着れる、凄いTシャツだとの事・いつまでも続けて欲しい!など、熱っぽくく語っていました。

*皆さん、ハナペペに来ると、一瞬にして当時に戻るようです。 
 熱烈な思いに感謝!です。

(2011/5/10)
 ↓全員、ハナペペアロハを購入後、即着用して国際通りに出て行ったグループ。全員値段も気にせず即買い!

 ハナペペに来て、皆さんハイになっていました。
そのパワーに押されて、ハイ、ポーズ!
*昨年夏の写真。掲載遅くなってごめんね!忘れてました。


(2011/3/6)
昨年11月頃から、ハナペペ&海遊人でTシャツを買うように!と子供達から指定されて買いに来ましたと笑顔で来店されるお客様が増えています。
 超若い層達にもファンが増えています。
嬉しいですね!
 また、おじいちゃんも含めた2、3世代で来店し、鏡の前で、それぞれ好みのTシャツを合わせながら、可愛い!とか、カッコイイ!と連発して買い物を楽しみ、満足そうな笑顔で帰られるお客様も多いです。
 
・ガレッジセールのゴリさんのように、現在30代のハナペペ世代の方達の来店が増えていますが、80年年代当時の小中高生達は、お小遣いを貯めて一枚のハナペペのTシャツを買いに来るのが精一杯だったそうで、20数年を経て、今は大人買いが出来ると嬉しそうにまとめ買いされます。
 
(2010/12/23)
 地元のハナペペ世代の来店が続いている中。
 相変わらず、20年・15年・10年ぶりと言う本土からのお客さんも、当時から着続けているハナペペTシャツを持って来て見せてくれたり、10数年ぶりのHPでの買い替えの際、着続けたハナペペTシャツの画像を送ってくれたりと言う事が続いています。

 2日前には、ジャンパーを来た男性客が来店。
15年ぶりだとの事で、ジャンパーの中にはハナペペのTシャツ。
 とても着心地が良く、15年ぶりに沖縄に来れたので買いに来ましたと、とてもイイ笑顔で家族や兄弟分をまとめ買い。
 ハナペぺTシャツは、買い換えるのに10数年掛かるのがネックなんですよねー!と、冗談と本気で盛り上がりました。(笑)
 帰る時には、また15年後!とか、また20年後!と、笑顔&真顔で言い残して行かれます。
 (笑)


(2010/9/21)午後追加!
 
何と、またも偶然が!

 お昼に、先週偶然来店されたガレッジセールのゴリさんが購入したのと同じ、ハナペペラグランTシャツとドライメッシュパンツを購入したハナぺぺ世代の方の事を書いたばかりでしたが、午後5時に、またもハナぺぺ世代の方は来店され、即、ハナペペラグランTシャツを購入。
 その方は数日前に居酒屋でハナペペラグランTシャツを着た方を見つけ、懐かしさから、また欲しくなり、20数年前の記憶を頼りに来店されたそうです。
 続く偶然の連鎖に驚きながら、お昼に来た、同様のハナペペ世代の方の話や先週来たゴリさんの話をすると、その方は、ガレッジセールの川田さんと友人だったとの事で、当時の話で盛り上がった後、ゴリさんと同様に、ハナペペドライメッシュパンツも購入されて行きました。
 
(2010/9/21)
 
お昼頃、地元の男性のお客様が来店。しばらく懐かしそうに商品をあれこれ見た後、ハナペペラグラン黒袖Tシャツを指定して購入。

 聞くと、ハナペペ世代との事で、昨日開かれた、毎月友人同士集まる会(模合い)の中で、ハナペペTシャツの事が話題になり、当時を思い出し、懐かしさのあまり20数年ぶりに、当時着ていたのと同じラグランTシャツを買いに来たそうです。
 先週の土曜日に、同じくハナペペ世代のガレッジセールのゴリさんが、同じラグランTシャツを即買いして行った話をすると、気持ちは皆一緒だなーと嬉しそう!
 このお客さん、帰り際に今年最も人気のあるドライメッシュのハナペペパンツを見つけ追加購入。  何とゴリさんが購入された同じ商品を同じハナペペ世代が買って行きました。
 偶然が偶然を呼ぶ、不思議な連鎖が続いています。 
 このラグラン袖はTシャツは1980年代当時の沖縄で高校生・中学生・小学生に最も人気があったTシャツで、外に干すと盗まれると苦情が多かった伝説のTシャツです。

 再購入しに来て苦情を言いながらも、皆さん笑顔で話されてましたが。(笑)
 

 
また、当時湘南でのサーフィン大会で優勝した方がこのハナペペラグランTシャツを着ていたとの話も聞きました。

 20数年ぶりに来店される地元のハナペペ世代の方達は皆さん、一様に28年間変わらない、ハナペペTシャツコーナーの前に立ちすくみ、しばしタイムスリップしているようで、感慨にふけった後、とても良い笑顔を見せます。
 
 
(2010/9/11)
今年は1年ぶりの常連のお客様が続いています。
 また、3,4年ぶりのお客様は、3万5千円から5万円と一活購入される方が多いのも特色です。本当にコアな常連さんが多いです。
 また、10数年着続け、さすがにクタクタになったハナペペTシャツを捨てられずに、寝巻きにしていると言うお客様も多いです。丈夫で着心地が良いので体になじむ、との事です。

2、9月には、ガレッジセールのゴリさんが来店。店に入って来るなり、ハナペペTシャツの前で立ちすくんでいたので声を掛けると、「デージ(とっても)!懐かしい!」と連発しながら驚きの表情。

 「自分達が学生の頃、とっても流行っていたよー!」と当時にタイムスリップしているかのよう。
 完全に10代の頃のゴリさんに戻っていたのでは?
 しばし、その当時のハナペペTシャツの話題等で盛り上がりました。

 そして即、「ハナペペTシャツが欲しい!」と、ハナペペ ラグランTシャツドライメッシュパンツを購入されました。
 
 ゴリさんが店を出て行った後、思い出しましたが、2,3年前の(笑っていいとも)にあった「全国から女子高生が集結」コーナーに、沖縄から首里高校生二人が出演した事がありました。↓


 その沖縄の女子高生が登場した時のゴリさんの驚いた表情がこれ!↓

2写真共、(笑っていいとも)の録画画像から転載
 実は、その女子高生二人は、ハナペペが東京の番組制作会社から頼まれて国際通りでスカウトした子達だったのです。
 その子達が偶然にもゴリさんと同じ首里高生だったので、何も知らないゴリさんは、上写真の驚きの表情で彼女達を見たと言う訳です。
 久々の、母校である首里高生の制服に、デージ!懐かしくて、ビックリだった事でしょう。
 
 今回、偶然にも上写真と同様の表情で、ハナペペTシャツに釘付けだったのでついでに載せて見ました。(笑)

 番組収録後、当店に番組出演の報告に来た女子高生二人。良い思い出になったと喜んでいました。
 番組制作会社からも、「沖縄の女子高生達は可愛くて社内でも人気がありましたよ」と感謝されました。
 今回、偶然のゴリさんの来店が無ければ、この話題もHPに載る事も無かったでしょう。
 不思議な縁ですね。

*10年前から、ちゅらさんブームで、沖縄の素朴な島スタイルのみが根付いたかのような昨今ですが、実は1980年代の底抜けに明るい、カリフォルニアやハワイアンスタイル&サーフィン等のマリンスポーツブームの全盛の当時、沖縄のロコ達(ゴリさん達世代含む)は日本でもトップクラスのファッションシーンのまっただ中にいたんです。
 
 アメリカの影響を多く受け、アジア圏も含む独自の国際的な下地で育った沖縄の若者達ならではの魅力が最も発揮された時代だったと思います。

 ゴリさんもまた、当時のコザ市(現沖縄市)で外人達とブレイクダンスを踊っていたそうで、その当時身に付けたセンスを生かして、ゴリえのキャラクター等で人気のテレビ番組等を作れたのでしょう。



3、7月にはフランスから観光客のカップルが来店。彼がジンベイザメのジンちゃんTシャツTシャツを一目で気に入り、自分用に購入。
 ジンちゃんはオーナーも行った事のないフランスにも進出です

 9月には、数年前に子供に買ったジンちゃんTシャツを子供が大変気に入り、体も大きくなったので大きめのジンちゃんTシャツを再購入する方もいらっしゃいました。
 グループで揃える方達も増えています。

(2010/5/10)
、 4/17に、スタイルが良く、スーツをビシっと決めたカッコイイ中年男性が来店。
その方は15年来のハナペペTシャツファンの社長さんで、3,4年ごとに来店し、いつも多めに購入されますが、今回は5万円近いTシャツをポンポンと購入。 宮崎県に帰ってから後も、すぐにTELにてハナペペTシャツ4枚を追加注文して頂きました。
 
、 3月には、ロンドンから観光で来たと言うイギリス人のご婦人がハナペペTシャツを息子にと即買いされました。

、沖縄にダイビングをしに来たと言う、マレーシア人の女性3人グループが、ジンベイザメのじんちゃんTシャツを可愛い!と即買いされました。

4、タイから、父娘の親子が来店して、海遊人甚平風シャツを即買いされました。ついにタイからも親子で沖縄観光に来る時代になりましたね。

(10/2/16)
イタリアから15人のツアーで来たと言う、親子3人連れが来店。
 75才の父親が空手Tシャツを購入。頼まれて、文字が入れられるスペースに、その父親の名前をカタカナで入れてあげると大喜び。
 これをイタリア在住の日本人が見るとウケるのではないか?と私が言うと、4人で大笑い!
 今頃、イタリアで周りの友人達に自慢しているのかも知れません。 

 1月3日には、里帰りついでに寄ったと言う本土在住のハナペペ世代で32歳のカップルが来店。
 とても嬉しそうに、「小学生の時に着ていました」と、友人達の分もハナペペTシャツ8枚をまとめ買いして行かれました。

 


(2009/9/23)
 本日お昼前、白人の年配のカップルが来店。片言の日本語で挨拶され礼儀正しかった事から興味を持ち話掛けたところ、サンフランシスコから観光で来たそうで、スポーツ馬鹿魂の剣道Tシャツを購入。
 サンフランシスコでは剣道はポピュラーではないが剣道の精神が好きとの事。どうりで礼儀正しかったんですね。
 会計時には、「インターネットでHPを見て来たが、HPもナイスだし、実店舗も期待通りだった」と、お褒めの言葉を頂ました。
 インターネット時代を実感させらました。



(2009/4/29)

 4月23日にはスロベニアから沖縄に観光に来たと言う熟年カップル様が来店し、和柄シャツ。 4月28日には台湾から来た若い3人組女性達がハブ酒Tシャツ。4月29日にはイスラエルからの観光客の男性が来店し、OPトランクス等々を購入。
 スロベニアは元ユーゴラスビアで人口200万人の人口だそうです。 
 現在の円高にも関わらず、昨年から続く国際色豊かなツーリスト達の来店。不思議です

 
 沖縄の出版会社から、台湾からの観光客専用の初のガイドブック、「来来」が出来るそうで当ショップが取材されました。  
 そう言えば台湾の方達にも、じんちゃんTシャツが人気です。



(2009/4/16)
 先週の日曜日は、沖縄のハナペペ世代の、カップル、おとといは38歳になると言う男性の方が来店。
 共に、中学や高校生の時にハナペペTシャツに憧れ着て育ったそうで、20年を経て、再び着たいので購入しに来たとの事でした。
 3人共、新たなTシャツの入ったハナペペの袋を持ち、笑顔で帰られました。

 80年代には当ハナペペショップ向かいのビル2階に珈琲館と言う喫茶店が有り、時々そこのランチを食べながら窓越しにハナペペを見ていると、中学生や高校生達がハナペペに入って行き、当時の黄色のハナペペの袋を持ち、友達同士で嬉しそうに国際通りに出て行く光景を思い出しました。

 また、小学生の二人の子供を連れた女性が来店し、高校生の時に注文で作ってもらったハナペペ革カバンがとても自慢だったので、今度は札入れと大き目のショルダーバッグを作って欲しいとの事。
 
(2008/5/16)
 ↓来店された主なお客様達です。

、おいしく楽しいビールを飲みすぎた翌日、寝不足で目を腫らしたままショップにいますと、お昼にハナペペのオールドファンと言う男性客が来店。
 建設会社の社長業をなさっている方でマイルが貯まったので、お昼のランチと当ショップでのショッピングも兼ね日帰りで那覇に来たそうです。

 その社長さんとはハナペペの長年のファンと言う事もあり数十分間おしゃべり。
 ちょっと二日酔い気味だった私なので乗り気では無かったのですが、その社長さんの強い誘いでツーショット撮影。
 多分、機嫌の悪そうな顔で写っていると思います。すいません。m(_ _)m


 
、女の子を連れたカップルさんが来店。
 ご主人は見た目も爽やかな洗いざらしの、サーフブランドのTシャツ&ジーンズ姿。
 ご主人いわく、「ハナペペを愛し続けて20年。特にハナペペコットンパンツは3代に渡り、ボロボロになるまで履いています」との事。

 
私も全く同じで、今でも破れるまで履きつぶしていています。涼しくて、リラックス出来、やめられません。

、新宿に住んでいるご家族3人様がハナペペデニムバッグ2個を購入のため来店。 
 白いルイヴィトンのバッグをお持ちのお母さんと娘さんは、20分程どれにしようか悩み抜いた後、購入。
 お母さんはそのヴィトンのバッグの中身を購入したばかりのデニムバッグ(大)に入れ替え、空になったヴィトンを差し上げたビニール袋にしまい、購入したばかりのデニムバッグを片手に、とてもイイ笑顔で国際通りに出て行かれました。
 



(2008/2/19)
 07年末にデビューした、カメさん親子が人気の、ECO HANAPEPE Tシャツ2500円を掲載しました。当初レディス専用でしたが男性客も欲しがるので、メンズサイズも掲載 
   
(2008/2/19) 
 相変わらず、リピーター客が多いです。
 ↓主な方達をご紹介。

◎2月初旬、北海道から、ハナペペに来るのを一番の楽しみにしていると言う熱烈なハナペペファンのカップルさんも来店。
 1年ぶりの再会を楽しみました。
 毎年来店されて新商品をメインにまとめ買いされる長年のセレブなリピーターです。
 「ハナペペは国際通りに1店舗しかなく、ここでしか買えないのが嬉しい。また、オリジナルでセンスの良い商品が多いので大好き!」
と、お褒めの言葉を頂ました。
 
◎上記で思い出したのが、05年でしたか、社員を5名お連れになられた社長さんが、「15年前に買ったハナペペのTシャツがまだ着れる。たいしたもんだ」と、社員の家族分もまとめて購入され、「お勧めの沖縄Tシャツだ」と、社員の皆さんにプレゼントされてました。

◎男性客が一人で来店。
 2年前からハナペペファンになったと言う友人から、「何でもいいからハナペペTシャツを2万円分買って来てくれ」と頼まれたそうで、当方でチョイスして差し上げました。

◎東京から来たイケメン風の修学旅行の高校生が、和柄の長袖シャツやTシャツを、「やばすぎるほど、カッコイイ!」と3枚を即購入し、二人共、その場で着替えて国際通りに出て行きました。
 「ハナペペみたいな店が渋谷にもあればいいのになー!」とマジ顔で残念そうに言ってました。

 前日には、NYでカジュアルショップをやっていると言う米国人が「ハナペペ&海遊人の商品をNYの自分の店で売りたいのだが」との話がありましたが急な話だったのでお断りしました。 
 しかし、NYで売れるのかなー????


*以前は外人と言えば米国軍人だけだった沖縄も、国際交流センターとかの影響で諸外国からの外人客が増えていて、1月には沖縄の大学に留学しているタイ人の方やインドネシアのジャカルタから仕事で沖縄に来たと言う5人組と、私の日常会話レベル程度ですが、2ヶ国の方達と、それぞれの会話を楽しみました。
 こんな事は初めて!


(2007/11/6)

1、↓オーナーの遊び心満載の沖縄Tシャツ遊人ファクトリーから、08年度用新デザイン、魔波布VS海龍神 波布龍Tシャツを先行販売!
 沖縄テイストTシャツで注文出来ます。


 

  (2007/10/28)
 1970年代、那覇市浮島通りにあった「沖縄製靴と言う靴店のオーナーが考案し、l当時の沖縄でブームになった意匠登録品の指抜きサンダルと言う名称のベビーサンダル2足が当方の倉庫から出て来ました。
 
 懐かしくなり、すでに高齢のために入院中で、数年前に店を閉めたと言う當間オーナーの娘さんと連絡が付き、数十足だけですが、まだ持っていた最後の在庫品をお願いして譲って頂きました。
 もう機械や工具も処分してしまい再度作る事もないそうです。

 早速当ショップにてディスプレイしていますと、今は20代になった娘さんが子供の頃に履かしていて、懐かしいと、今度はそのお孫さんに捌かしたいとの御夫婦が購入して行かれました。
 
販売価格は当時と同じ2500円です
サイズは15cm前後のみです。

 ご注文は→ kaiyujin@nifty.com 、まで。

(2007/9/17)
 9月14日に成美堂出版(株)発行のガイドブック、
SEIBIDO MOOK 沖縄大好き!の店舗取材を受けました。
 発売日は08年2月25日
企画概要
 主な読者層を10代後半〜30代前半に設定し、沖縄リゾート、遊び場、グルメ、ショッピング等、の最新事項をさまざまなテーマに分けて紹介します。
 『沖縄大好き!』は、2004年に発行されて以来、好評を得て、本年度4度目のの改訂となりました。との事です。

 
 取材時、レポーターの女性の方が店内に張ってある、25年前の当時の人気ディスコで行われたウエスタンパーティーでのオーナーの写真を見つけ、「ワー!凄い。」と興味津々。
↓右端がオーナー26歳時。他のウエスタンファンの先輩達は当時40代。

 25年前のオーナーですよ!と説明すると、 間髪入れずにコレを聞いた商品撮影中の地元のカメラマンの方が、
「当時の沖縄の学生達の中ではハナペペのTシャツを学生服のシャツの下から着て透けて見せるのが自慢で、とてもカッコ良かったんだよ!」と、本土出身のレポーターの方に説明していました。

 
 07年現在で特に30代の沖縄の方達には、ハナペペTシャツを着て学生時代を過ごしたと言う事がステータスとの話をよく聞きます。
 


 
(2007/5/2)
 07年4月22日(日)、TBSテレビのお昼の番組、2時っチャオ!(午後2時〜3時)の沖縄の人気スポット紹介特集によるテレビ取材を受けました。
 沖縄らしい、トロピカルショップを紹介したいとの番組ディレクターの趣旨で当ショップへの取材依頼との事でしたので、80年代の沖縄のトロピカルブームの中で誕生し、これまでの長い実績を持つ当ショップは快く引き受けました。
 
 取材から10日後の5月2日の今日、午後3時半頃、男性客が一人で来店しハナペペダイバーズTシャツキッズ用Tシャツを購入。
 何と、観光に連れてきた息子が風邪をひき、近くのホテルでテレビを見ていたら、2時っチャオ!でハナペペが紹介されていたので嬉しくなり、18年ぶりに買いに来ました。との事でした。

 テレビを見ていなかった私はお客さんに教えてもらい番組で紹介された事を知り、また、18年前の国際通りの事で話が盛り上がりました。
 「18年前に購入したダイバーズTシャツが、さすがにもう着られなくなってしまいましたが、とても気に入っていたので捨てられずに今も持っています。洗う時もネットに入れて洗ってました」との事でした。

 
 もし、ディズニーランドかディズニーシーが沖縄に出来たら最高ですね。皆で政府にお願いしましょう。
 1982年に那覇がワイキキ見たいになったらイイナーと、夢を見ながら思いついて作ったのが、ハナペペブランドTシャツショップでした。

 
 

(2006/11/3)
*06年10月、KSB瀬戸内海放送にこまるTVの番組名、「ゆるりキラリ沖縄バカンス」の取材を受けました。
ハナペペ&海遊人ショップ
のオリジナルTシャツがその番組内で紹介されます。
  放送時間は12月9日・土曜日、朝9時30分〜
テレビ朝日系列の瀬戸内海放送で岡山県と香川県の両エリアで放送です。
 06年10月から高松ー那覇間の直行便が飛ぶ事になり、今回の沖縄取材となったそうです。
 両県の皆さん、
沖縄にめんそーれー!
 
 きっと楽しいはずよ!←仲間由紀恵風に!
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 06年10月の25日、当ショップに一人の女性が来店。しばらく店内を見渡した後、革製の小銭入れを見せ、「ここで作った小銭入れです」。
 それは何と20年位前に作った小銭入れでした。彼女はオープン当時高校生で大のハナペペファンだったそうで、当時の話で盛り上がりました。
 
 彼女は現在、エリック・クラプトン、 ジョージ・ハリスン、 デュアン・オールマン等の偉大なギタリスト達を見出した伝説のプロデューサー デラニー・ブラムレットに そのギターの才能を認められた、
デビッド・ラルストン(ウィスコンシン州ミルウォーキー生まれ。1992年より沖縄に住む)のマネージャーをしているそうで、主にイベント活動を行っているそうです。
 詳しくはこちらへ↓
デビッド・ラルストンのHP↓
http://www.davidralston.com/
*彼女のブログ
http://hiro1021.ti-da.net/e1103477.html
 ◎彼女との話の中から、同様の熱烈なハナペペファン同士の交流を図る、何かイベントが出来たらいいねー、とのアイデアが。
 
 まずは、1982年から1992年位の約10年間、当時、大学生・高校生・中学生・小学生だった沖縄のファンの皆さんに限定したイベントがあると、ものすごいパワーが生まれるかもね!
 もし、興味がある方は彼女と相談して見て! 皆さんの思いが一つになると実現するかも?
 
 イベントとは別に、オーナーとしてもファンが集えるBARがあるといいなー、との思いも。
 BAR内に当時のハナペペTシャツや革カバン等の革製品を持ち寄り、コレクションコーナーを作り、それを見ながら当時の同世代のファン達で盛り上がるだろうねー!
 
 BARでは、当時のポップスやをディスコナンバーを流し当時のムードを再現。
 (ついでに新しくサルサも加えますが)
 多分、各学年ごとに、さらにファン同士が集まり、それぞれに盛り上がるだろうねー。
 80年代・90年代・2000年代と、それぞれの世代別のファン達にも喜ばれますよね。
 (ハナペペも時代に合わせて少しづつ変わっているのと毎年新たにファンが生まれているので)
 沖縄でもハナペペにしか出来ない事だし・・・・。
 もし、BARオープンに賛成と言うファンの方はこちらまで→
 kaiyujin@nifty.com 
もしかして、もしかすると、実現するかも?ね・・・・。

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